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得  点:84
シナリオ:☆☆☆☆☆
キャラ性:☆☆☆
テキスト:☆☆
グラフィック :
世 界 観:☆☆☆☆☆
システム:☆☆☆☆
音  楽:☆☆☆☆☆
プレイ時間:30h~35h

一見すると当作は儚く美しいだけの輝かしい物語を予感させるが、その実は利己的な私欲に塗れた大人達という悪から身を守る子供達が困難に打ちのめされた挙げ句、優しい行動を取ろうとして身勝手な自己犠牲に走ってしまうような、暗闇の中で迷子になっている時間が圧倒的に長くあまりにも光が遠い暗澹たる作風だった。

しかしその中に隠された燦々と輝く優しさに溢れたとあるキャラクターととあるキャラクターの行動には大きく感情を動かされた。長い長いトンネルを潜り抜けて見えてきた光は本当に眩しく、あたたかくて、終わってみるとプレイする価値は間違いなくある一作だったとは思える。

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キャラデザは勿論のこと背景のクオリティが非常に高く、BGMも何周でも聞きたくなるような心に響くメロディラインであった。桜で埋められた”夜の国”というきらびやかで幻想で幻創的な舞台は丁寧に丁寧に演出されており、非常に美しいと感じた。

以下個別ルートの感想。当然ながらネタバレ注意です。

【千和】
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感情表現のあまり上手くないヒロイン。守ってあげたくなる可愛さがある。

根っからのいじめられ体質のようで共通ルートから千和にわけもなく意地悪をする主人公がはっきり言って嫌いだった。千和の気持ちを無視するようで申し訳ないがこのルートにおいてのみの観点で考えて主人公が本当に必要なのか疑ってしまう。

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まず千和に想いを伝えられた時の主人公の台詞は言語道断レベル。
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千和の父と千和が思い出作りに出かけたことに嫉妬して心無い一言を放つし独白も吐き気がするぐらい醜悪。全て終わってから見返すと思慮浅いの一言では片付けられないぐらいに酷いシーンだった。

それが「子供」であり、相手の気持ちを推し量ることが「大人」なんだという論拠も、”夜の国”を出入りする資格を失ってはいけない舞台設定から考えて理解することはできるが、どうしても登場人物の考えに同調することが出来なかったし、この違和感は結局さくら、もゆ。という名の物語を全て読み終わるまで付きまとうことになった。

上記のような感情が芽生えたせいかは分からないが、心が大人だとしても夜の世界に生息していられる”夜の怪物”と千和が繰り広げた擬似的な家族関係とその行く末には何度も感涙させられるぐらい感情が入った。

人ならざるものの共通点と掲げられている根本的な設定として「人間を理解しようとし、人間のためになろうと尽くす」というものがあったが、これが泣かせるエピソードの一翼を担う。主人公の視点を外れた場面が多かったが、これが大成功と言って良かった。

ラストのナハト視点は、人ならざるものが人と出会って、人と触れ合い、人のために生きて、幸せなまま尽きる生き様を余すこと無く丹念に描いている。またそれは既に展開された千和視点と対になっており、あの時に見せたあの表情や台詞は、こういった気持ちから発されていたのだと深く納得出来たことも大きい。

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だからこそ、何気ない1つ1つののフレーズに感銘を受けるし

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見た目の怖さに惑わされず、綺麗な瞳であることを見抜いた千和が放った発言と純然たる笑顔を見せた何気ないと思える1つのシーンがとても美しく映える。

迎えたラストも彼女の幸せを願い身を挺して何もかもに尽力する姿に泣けたしナハトが迎えた最期に号泣してしまった。もうナハトが主人公でいいよと考えてしまいそうになるが、ナハトが繋げた千和と主人公の未来はずっとずっと輝いていないといけない。そう思わせるぐらい突き抜けた良さを持つルートだった。

【姫織】
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ルートの序盤に千和ルートで登場した遠矢という人物の母親と冬月十夜ちゃんが紡ぐエピソードが登場するが、これがなかなか秀逸だった。

大人になってしまうと子供の頃には見えていた人の世に生きる人ならざるものが見えなくなってしまう設定と、大人になってしまうと死ぬまで夜の国に到達出来ないという設定に翻弄される十夜ちゃんと子供の頃に”お友達”だった女の子が、おばあちゃんになって老衰で死んでから再会するエピソードは双方の心情に感情を動かされた。

しかし姫織と主人公の恋愛には残念ながら何の感情も抱くことが出来ず、他のエピソードも千和とハル、オーラスを飾るクロのルートに負けてしまっていた。

幾重にも表現を重ね冗長とも言える丁寧なテキストも、このルートに関してはわずかばかり雑だったように思えるが、姫織がなぜすぐにお腹が空いてしまったり迷子になってしまう体質なのかの説明はやや強引な設定だが納得行くものとなっている。姫織の母親が姫織に苦しい人生を送らせてしまった罪の意識を持っているようだが、悪いのは母親ではなくクソみたいな一族なので、私が悪い!という問答も根本から間違っているような気がしてならなかった(これに限った話ではないが……)。

それでも希望に胸膨らませた姫織ちゃんの表情を眺めていると、終わりよければ全て良し、なのだろうと思った。身体的な欠陥を抱えてしまっている姫織ちゃんのこれからの人生がおだやかで、幸せであるように主人公君が支えてくれたらいいなと思った。

【ハル】
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先に述べた2人とは打って変わり、主人公とのエピソードを中心に繰り広げられるシナリオが特徴的。トゥルーのクロルートにも直接繋がれる部分が他のルートよりも非常に大きく、全体の中で非常に重要なルートだった。

共通ルートにあった日常の延長上がこのルートにあり、何気ないイベントが繰り広げられるようにも見えるが後に大きな意味を持つ。またこの日常が突然壊れてしまうことで加速度的にこのシナリオへ引き込まれた。が、ここでの彼らの行動には疑問を感じざるを得ない場面が多数あった。

魔法を題材にする作品の醍醐味である、「誰かを救うためのタイムリープによる時間遡行」が展開され元々あった”夜の国”の設定と絡まることで難解な話になってくる。お互いがお互いのことを大切に思うのに「出会わなければ良かった」と連呼する展開には大きなやるせなさを感じた。

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あとこの場面でのヒーローは、実際に救ってくれたクロだと思うし、なんなら「絶対にハルの手を離すな」と指示したのもクロである。いくらクロが主人公のためにいるような存在だからといって、クロの手柄がそのまま主人公への好感度に加算されるのは釈然としない。何度も似たような事を言って申し訳ないがこのルートに限らず主人公はヒロインを助けることは全く出来ておらず、クロの助力あってなんとか解決しているに過ぎないので、大変な苦労をしているのは理解できるが彼がヒーローであると断言されると違和感が募る。

ハルの死を起因に魔法の拳銃で主人公は自殺するが、直前に、ハルが魔法を使う際にもっと相談すればよかったと後悔したのに、直後に主人公が魔法を使う場面になって何故また相談せず独善的な決定を下し勝手な行動をして後悔を重ねるのか理解できなかった。相談すればもっといい案が浮かんでくるかもしれないじゃないか。どうして最善の選択をわざわざ避けるんだ。どうして一度した失敗を繰り返すんだ。という思いが溢れて止まらない。

それに加えて主人公は悪くないと別のキャラから即擁護が入り無駄な後悔を重ねることを正当化されるところがなんとも言い訳がましい。最善の選択をする努力を放棄していいことなんて何もないし自ら苦しみに行ってる。それはあまりにも無意味というものではないだろうか。

自分が苦しめば何とかなると思い込むのはある種傲慢というもので、他の誰もの事情を何一つ考えることのない、ただそれがいいかもしれないという、何も考えることなく甘え、漠然とした希望に縋りついて駄々をこねている子供でしかないように思える。そういった絶望への道をひた走る少年だったからこそ、さくらもゆ夜の国に出入りし主役になることが出来たのだろうと思うが、無条件で自己犠牲へ走る姿を眺め続けるのは決して気分のいいものではなかった。

ハルもかなり自分勝手であり、なぜ心も身体も許した相手に全てを打ち明けないのか分からない。そして主人公同様に自己犠牲の精神にひた走ってしまう姿が散見される。

誰にも何も打ち明けず、ただ苦しむことが最大の美徳であると言わんばかりの思想にどうしても理解も納得もできなかった。

ただまあ、そんな訳でありながら、主人公はハルの命を救うため何度もループすることになる。ただしかしそれもうまくいかない。どうしても上手くいかない。そんな主人公が苦しみ抜いて考えついた行動が
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主人公とは……。ヒーローとは……。

そんなわけで主人公が問題解決するという希望の糸は完全に断ち切られたが、頭のおかしくなってしまった母親に監禁されていた過去のハルが未来の主人公に助け出され、一緒に逃げ回り外の世界を知っていくことでハルの心が豊かになっていく展開は素晴らしかった。そこで身を挺してハルを守りきった主人公に感化されて自己犠牲の精神が芽生えた(母親から受けていた洗脳もあって誰かの為に死ぬことこそが一番の方法であると思いこんでしまった)のではないかと思う。

最終的にはハッピーエンドとなるが、結局また主人公はクロの力を借りているし、このルートで最も悪人として描かれるべき母親も病気であったことを盾に、殺されかけた娘に許されるという何とも言い難い締めくくり方だった。

どこで流れたかは忘れてしまったが、「わかりやすい悪がいないと物語として納得できない」という旨のテキストを体現したようにスッキリとしない話だった。トゥルーで語られるが、ハルと主人公の恋愛劇がさくら、もゆ。という物語の全体像におけるその途中であったこともあるのだろう。

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ただもう本当に笑顔が可愛い。特に幼少期と魔法少女服+笑顔のコンボは強烈に萌えた。それだけに彼女が笑顔になれない展開があまりにも長く続いたためルートに好感を持てなかったのかもしれない。オープニングムービーでも流れる憂いを帯びた表情も非常に可愛いが、やはり笑顔が見たい。決して暗い性格でもないしハルが作り出す笑顔の価値を知っているからこそ、罪悪感に苛まれる彼女の姿を見るのは辛かった。

【クロ】
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終始主人公を支えてくれたクロちゃんが紡ぐ物語。終点に至るまでは見てるだけで苦しい場面も多いが、終盤は非常に感動出来る。ルートロックが掛かっているため実質トゥルーとなっているが総合して完成度は高くこの作品をプレイして良かったなと思わせてくれるシナリオとなっている。

”大人”になった大雅へクロから電話が来るという展開から始まり、”ましろ”というキャラの存在や奏大雅という名の人間が2人いることなど強烈な設定が明かされることは面白かったが、ここでも自己犠牲の精神や自己責任論が跋扈しているため読み進めるのが辛い。

男の子がましろと子猫と3人(人?)でこれからも暮らしていきたいという願いを無視して、「あなたの夢はそんなものではないはずだ」と説き伏せ、「子猫ちゃんがいるから私がいなくて”もちろん”平気だよね」と思想を押し付ける場面があるがこれは声を出して異論を唱えたくなった。

この時ましろは好きな人を失っているので夜の国に行って一刻も早く会いたいという気持ちは分からなくもないが、あまりにも自分勝手な都合で、彼が無口であることをいいことに、彼の夢を無視して自分が考えた都合のいい夢を男の子に押し付けて突き放す、あまりにも無責任な言動だった。

それが彼にとっていいことだと根拠もなく信じているようだが男の子は母親を裏切ってしまった自責があるし今の擬似的な集団生活を享受しようとしているから別に母親を求めることは既に夢でなくなっている。しかもそれを分かっていながら何故また男の子を捨てた母親を探しに行こうとする考えに向かうのかが分からない。

ましろは結果的にその選択を後悔することになるが当たり前にしか感じなかった。”後悔させる”ことを念頭に置きすぎたあまりわざとおかしい行動をキャラクターにさせているのではないかという余計な疑念が幾度も頭を過った。

人ならざるものの人間に対する忠誠心は本物で、その人のために出来る最善の方法が、たとえ自分の命を落とすことであっても躊躇なく行う。あまりの素直さに面食らうが、人間が作り出した人間のための存在であり人間にとって最も都合のいい行動をするように仕組まれていると考えると納得出来た。ただやはり、過剰に命を落としたがるところまでは理解できないが……。

最後のメインヒロインであるクロも例に漏れず自己犠牲の精神に走り、自責の念に駆られたあまり命を落としてしまう場面もあるが、たとえ報われなくてもずっと主人公の側に寄り添おうとする姿勢を貫いており、それが最後の最後に訪れる感動的な場面へ繋がるのだと思った。

【気になった点】
・何があろうと徹底して自己犠牲の精神を貫くキャラクター達
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もう何度も述べているが、やはり自己犠牲の精神に走り過ぎな感はある。優しい物語であることは理解できるけど完全な共感まで出来ない。なぜそんなにも死に急ぐのか?なぜ自ら自分を傷つける方向へとひた走るのか?もっと生への執着を見せてほしい。幼少期に辛い経験をしていれば反出生主義を掲げてしまうのもわかるし、命よりも大切なものを見つけるのは厭わない。だが、それにしても、あまりにも命の価値を軽んじ過ぎてはいないだろうか。

全体的に独善的というか、自分が犠牲になることが相手のためになると登場人物の全員が思い込んでいることに違和感がある。大きな決定をする際にきちんと本音を打ち明けずに独善な行動に走る人物しかいない。そして決まってだいたいが後悔する。自己犠牲の精神を否定するわけではないが、ケースバイケースを考慮することなく誰かに救いを求めることなく散っていくことを喜んで肯定する気にはなれない。たった一人で苦しみと戦い乗り越えることだけが美徳ではないと思う。

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誰かのためになることをするには、その相手に黙って善いことをしなければならない。みたいな観念が多くの人物に共通して存在しているけどなぜそこまでして自分一人でやることにこだわるのか分からない。それによって危険なことが身に降り掛かったり、結果として相手に迷惑をかけることに繋がっているのに。なぜ相手のためを思うのに相手とその話をしないのか、相談をしないのか分からない。犠牲になることが相手のためになること。自分の幸せを願うのは悪いこと。こういった歪んだ思考があまりに多く見られるが共感出来ない。

・キャラクターの言動
特に個別ルートで見受けられるのが、主人公の言動が二転三転することである。目的意識も漠然としていて何がしたいのか全く見えてこないし、読んでいてかなりストレスが溜まった。そんな性格でありながらも相手を慮ることのない言動がいちいち癪に障った。

これは主人公に限らず相手の行動に対しての言動がナチュラルに卑しいと感じさせる場面が多い。今、こういうことを言うべきではないだろうと思わせる発言だったり、それが会話の返答としてズレているなと思うことが多い。

・テキスト
常に漠然とした禅問答を繰り返している印象が強かった。いかなる時でもあらゆる場面でひたすらに繰り返される禅問答。会話をしない、ないしは会話になっていない。その問答が理解あるいは賛同、納得できるものだとしても、何度も繰り返されるから辟易とするし、本当に可愛いキャラクターから癒やしの印象を受けなくなってしまう。

「それ」とか「あれ」とか「夢」とか無限大の意味を持つ代名詞が登場する回数が台詞や独白の中で狂ったように登場するため一発で理解しづらい。パッと見では分からなくなるし、”それ”を回避するためには理解する時間が必要であるので文量以上に読む労力が要求された。読み手の頭脳レベルに依る部分もあるのだろうが、特に考察することもなく設定を理解するだけで時間を要求される。時間に追われる現代人には不向きではあるだろうが、長く深く作品にのめり込む事が出来ることをプラスとして捉えられる人にはこれ以上なく向いている作品と言える。

・善悪に関して
本当の悪なんていないとされるが、普通に子供を虐げる奴らが悪だと思う。クロの罪悪感、主人公の罪悪感、その他諸々の人がなぜ反出生主義に走ってしまったのか考えればすぐに分かる。家の事情だかなんだか知らないが、どう考えても子供を虐げた大人達が悪い。

【良かった点】
・伏線の回収
ハルルートの最後はハルが主人公と同年代で生きていける時代に辿り着いて落ち着くことで決着するが、主人公が生きている内に到来するであろう未来で生まれるハルはどうなるのか、等一部に気になる点は残ったが、多くの謎を散りばめながら幾重にも連なる物語を展開していった中で概ねは回収してくれたので設定面では満足出来た。

・サブキャラの話がよく作り込まれている
3人のヒロインで間接的に関係する遠矢のエピソードであったり、友人の智仁とあず咲先輩のエピソードはシナリオの合間に挟まれながらも質が良く楽しむことが出来た。先述したが最も良かったのは遠矢の母と十夜のエピソードであった。

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何があろうと、大人になってしまった人間には現世の内に会うことができないという制約は十夜ちゃんが常に感じている寂しさに直結しており、そういった寂しさを堪えて
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笑顔で別れを告げる。
いつまでも少女の姿で少女の心を忘れない十夜ちゃんの健気さには心を打たれるし、やはりその友人が死んだ後に再会するという展開には涙を誘った。

・優しさの徹底
自己犠牲にひた走るだけあり決して「ただ悪とした存在をボコボコにする」という方針を意地でも立てない。優しさ故に相手の血を手に染める場面もあったが、殺意や怨念に狂うことなく、自分達が苦しむことを徹底することで、千和とナハトのエピソードやクロのラストといった秀逸なエピソードをより純度の高いものに仕上げていると感じる。

この作品を読む上で正直不満が募ったが、それでもかなり読後感が良いと思えるのはひとゆえに優しさを貫いたことであると言えるし、、迎えた結末がハッピーエンドだからこそでもあった。自分を犠牲にすることに賛同さえできれば、きっと、もっと大好きな作品になれただろうと思います。